あいたまベルギー日記

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カテゴリ:仕事( 10 )


2014年 01月 03日

8年目仕事振返り

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!
2014年が皆様にとってご多幸ある年であることを祈ります。

もう欧州に通算8年2か月いたのかと思うと、感慨深いを通り越して欧州生活がもう普通。。。ベルギーの社外の友人たちと話をしても自分は”非常に”長い部類のようだ。赴任当初の2005年11月時点でこんなに長く海外にいるとは全く想定していなかったが、結果的にこの8年2か月の欧州での仕事の経験は、さすがに自分の血肉になったと思う。逆に、ここで経験したこと以上も以下もないわけで、今後はこの経験を基盤にしてさらに昇華することに尽きる。今は、長らく渓流下りをしてそろそろ沢を登り始めるタイミングだと思う。こんな腹づもりが去年との心境の違いかな。

この1年を振り返ると、今までと違う貴重な経験ができたように思う。それはテクニック的なものというよりは、リーダーシップとかメンタリティーの部分。改革系のプロジェクトを担当していると、新しい目標に向かって現状を壊しながら新しいものを創る作業をリードするわけだが、どうしても周りからノイズが発生したりブレーキ踏みがある。周りのメンバーともピリピリ状態の中では、自分の腹のくくり方が弱いとプロジェクトが混乱するし、自分自身も混乱する。実際に、自分自身も痛みを伴うこの改革に対して若干の躊躇があった時に、一時うまくプロジェクトを回せていない時があった。味方が少なくて、外からでは何をやっているのかもわからないし、今まで気持を1つにして取り組んできた上司の意とも大きく反する事を強いる場面もある中で、非常に孤独。個として非常に自立していないとできない。だいぶ精神的にしんどい時期が数か月あった。いろいろと失敗もしたが、本当の意味でのリーダーシップ(逆風の環境の中での)については考える機会を与えてもらったと考えている。おかげさまで、周りの雑音にはある程度強くなったと思う(笑)。引き続き2014年もこの案件を完遂するべく取り組もう。日本でも橋下大阪市長が大阪都構想を進めているけれど、程度の差こそあれ、彼のしんどさに共感するところがある。国や人種が違えど、人間は利己的なもので同じような行動をとるものらしい。。。

それにしても、最近日本が気になる。日本の経済は回復基調にあるらしいけれども、日本の社会保障、安全保障の現状を見ていると、日本は大丈夫なのかと本当に憂う。遅まきながら、子供を持って特に思うようになった。また、だいぶオジサンになってきた証拠だろうか(笑)。国内市場が全体的に縮小する中で、企業と人材のグローバル化の必要性がよく謳われているけれども、自分の海外での経験は、社内だけでなくて日本にも微力ながら還元できるのではと思う。どのような形であれ日本にフィードバックできるような活動を徐々に準備したいなと最近思い始めた。

そして、2013年はさらにベルギーで同じく駐在している同世代の異業種、異職種、出身のバラバラの社外の友人たちと、飲んだり、サッカーの試合を見に行ったり、駅伝に参加したりして親睦をさらに深めることができた。ちなみに、ちょっとその幹事なる事も楽しくやっている。なかなか日本に居ても会えていなかったであろう人たちとの異業種交流は本当に貴重なもので、沢山の化学反応を起してくれる。ベルギーで出会うのは逆にこれからの長い付き合いの序章であって、日本に帰っても繋がり続けるご縁だと思う。「運動がしたい」という簡単な理由で始めたサッカーも、今ではサッカーそのものの面白さを楽しんで、かつサッカー部の面々との友好も益々深く、面白くなってきた。今年も是非盛り上げていきたい。

2014年抱負、2013の繰り返しになるけれども、今年ももう一度「原点回帰」の年にしようと思う。KG Fightersで体現できたような「目標に向かって本気で取り組む姿勢とプロセス」を、自分の日々の仕事でも意識してやろう思う。「規律」「勤勉」「チームワーキング」「機敏性」「緻密さ」という日本人の得意とする所は、外国人が苦手とする所であり、グローバルな世界でも大いに通用すると確信しているし、KG Fightersの文化はまさにこれら日本人の強みを究めようとしていた文化だと思う。自分の背骨であり、日本の背骨ではないかと思う。あとは、日本人の長所であり逆に短所の「謙虚さ」という箍を外して、少し勘違い気味でもいいから強いメンタルを持ち続ける事。結果は後から付いてくる。

そして、最後に8年2か月の長きにわたる海外生活を支えてくれた家族に感謝!
9年目、引き続きがんばりましょう!

Tama

by tamarich | 2014-01-03 03:53 | 仕事
2013年 01月 04日

7年目仕事振り返り

 気が付けば、欧州駐在7年目も終わり、早いもので8年目に突入していた。プライベートはもう手慣れたもので、どうしても刺激は薄くなったが、仕事について言えば、長くいればいたでスルメをかむように益々味がでてきているように感じる。特に、ドイツからベルギーに移って、取り扱う案件内容に大きな違いはないものの、会社から期待される役割が参謀的なものからリーダーシップの発揮に変わったことで、自分にも変化があったのがこの7年目だったと言える。リーダーシップの発揮となると、やり方は本当に人それぞれだと思うが、少なくともまっとうなことを言うだけでは不十分で、メンバーからの厚い信頼のあることが最低条件となると考えているが、そういった意味では、同僚に厳しいことを言っても彼らとの距離は遠くならないし、お互いジョークをかっ飛ばしながらもビジョン&戦略を共有しているといういい雰囲気が作れたかと思う。この間、ベルギー人社長に「今まで聞いたことなかったが、“本社から来た日本人”としての自分に何か期待することがあるか?」と問うと、「いや、そもそもTamaを日本人とか本社から来たとかという見方をしてなかった。」という返答をうけて、自分と彼らが近距離にあることを確認でき、しめしめと思ったのを覚えている。笑

また、本社からの情報の渦から少し離れてた一人駐在の環境で、しょっちゅう自分の判断基準を模索していたように思う。そんな中、一人で考える時間が自然と増えて、ジャンルを問わずいろんな本も結構読んだ。日々の自分のコントロールは自分の手の中にあり、自制にも細心の注意を払った。おかげさまで、ようやくやっと本当の意味で自立ができたように感じる。そして、自立という意味では言うまでもなく家族の存在は非常に大きかった。

加えて、ベルギーにいる業種、職種、出身のバラバラな同世代の社外の人たちとのコミニケーションが増えて、視野が広がったように思う。会社の看板なしで個として付き合える関係が非常に心地よい。たくさん彼らから学ばせてもらっている。一例あげると、今まで政治にも関心が薄かった自分が、駐ベルギーの官僚の人たちとの接触で、けっこう格段に政治について話ができるようになった。この間の総選挙中は熱かった。おかげさまで、今まではどっぷり会社に漬かった中でいろんな行動を起こしてノウハウを吸収していたけれども、今はそれをベースに、アンテナを高くして、視野を広くして、頭を軽い状態にして仕事に取り組めている。これも自立できたと感じる理由の一つかと思う。

また、運動不足解消目的で2012年6月よりサッカーを始めたが、それまで10年間もろくに運動していなかったため、最初は錆付いた体と昔のままの運動中枢神経のギャップに、毎回練習でどこかを痛めていたものの、今ではけっこうトップスピードで何回走ってもOKの状態になった。やっぱり自分はスポーツをやりだすとだんだん熱くなるし、凝ってしまう人間で、自分のサッカーが徐々に激しくなっているのが自分でもわかる。。。おかげさまで、今やっと遅まきながら、自分は激しめのスポーツをやってアドネラリンを放出しているほうが、心身ともに充実するということに気付いた。週一回の練習にはできる限り参加することを年始のターゲットにしたし、継続できることが大事。

そして、今の心境について。「原点回帰」。Fightersを卒業して13年も経った今となってFighters時代を心から原点と考えることができ、その時の経験が本当の意味で生き始めた。卒業したての時は、Fightersという看板がどうも大きくて「Fighters出身のTamaさん」となるのがどうも嫌で、一方社会人になって何ができるわけでもない状態に、Fightersに対して心持突っ張った心境だったように思う。就職活動以降はFightersをできるだけ言わず、あえてアメフトとかかわりのない環境に飛び込んで、思いがけず海外での仕事に従事することになり、しばらくの間、会社の世界のカルチャーや社会の常識に適応するべくそちらの世界に強烈に引き込まれ、海外とのかかわりで得ることの多さゆえに、自分の原点が頭からかなり消えていた。今は、ようやく仕事からも自立し、Fightersの時の自分を超えたり、また仕事の内容もリーダーシップにかかわるもので、Fightersで経験したことが痛快なほど役に立っていて、Fightersという自分の原点と今の自分とがドンピシャでマッチしてきたため、非常に心地よい。Fightersでの経験や伝統(リーダーシップ、雰囲気作り、取り組み方、チームワーク、規律)は、外国人にとっても弱い部分でもあり、グローバルな世界で本当に通用するとはっきり言える。

総じて、2012年は今までとちょっと違って「個」としての少し自信がついた年といえるかと思う。2013年は、新しいチャレンジがすでに始まっており、古巣ドイツ含む、近隣国を見ることとなった。早くも古巣ドイツのメンバーと仕事を共にでき、彼らへの恩返しができる立場にあること、2国を経験した自分のユニークな立場が生きることなどから、責任と楽しみの両方を感じており、また自分自身から何が飛び出すか自分自身に期待している。自分を失わず、日本人の強みを発揮しながら、もう一年黙々と目の前のミッションを遂行しようと思う。

Tama

by tamarich | 2013-01-04 22:41 | 仕事
2012年 09月 12日

仕事:ベルギー1年目レビュー

 2011年8月にドイツからベルギーに異動して、1年が経過した今、それをあまり早いとも、遅いとも感じず、非常に淡々とした心持。会社において、今のところ衝撃を受けるような出来事も少なく、だいぶうまく適応していると思う。ベルギー赴任当初は、「いかに早く信頼を勝ち取って現地組織に入っていくか」を意識していたけれども、メンバーにも恵まれ想定以上にうまくいった。7年前の欧州に来たばかりの自分であればうろたえただろうことが、普通にこなせているのは自分でもわかる。

 ちょうどここ1日、2日の間に気づいたのが、実はこのベルギーでの1年があってようやくドイツの経験も生きて、ある種いい感じの自分軸できたということ。理由はラフに3つあって、1つは2国を深く理解することでバランス感覚のある判断が徐々にできてきていること。大国ドイツで培ったロジックは当たり前ではなくて、小国ベルギーには小国ベルギーのロジックが存在すること、それらは会社の歴史、そこにいる人、ベルギーの地理的なもの、基、国民性が大いに影響していることを目の当たりにした。一番簡単な例を言うと、ドイツは仲間意識も強いし、規律があり、“対フランス”意識で発奮するのでるので比較的統率しやくすいものの(もちろん組織のベースがある前提で)、一方、ベルギーは根っ子に冷めたところがあって帰属意識が比較的薄く、ラテン系の文化も入っていてか規律にあまり厳しくなく、言語問題に揺れるベルギー人にとっては、オランダ語圏、フレンチ語圏というような帰属意識が強くて、ベルギー人という国民意識が薄く、“対オランダ”的なやり方もあまり彼らの支持を得ず、統率に非常に苦心する。一方、他国に対してオープンで、良いものは良いものとして他国の良いところを吸収できるところはベルギーの大きな強み。他の例でいけば、ドイツは市場が大きいので比較的自前意識が強いものの、ベルギーは市場も小さく労働組合も強く、できるだけアウトソースするマインドがすでにある。おそらく、ドイツとベルギーを両方経験するのは、それでワンセットだったようだ。そしてそれを頭で理解するのではなく、血肉レベルで理解できたこともよかった。ベルギーを知って、ドイツの良さがわかるし、ベルギー適応が早かったのも、ドイツでのベースがあったから。2国に感謝!

 2つ目は、会社に日本人一人の状態の中でいろいろ考えることで、一気に見えてなかった物事の本質が徐々に見えてきていること。通常サラリーマンたるや、いろんな問い合わせが飛んでくるのが当たり前なんだが、ここでは幸か不幸かいろんな問い合わせが減って、考える時間が増えた。家を出て帰るまでしゃべらないことも何回かあったし。。。正直、これらの環境は善し悪しだが、自分には吉と出た。また、問い合わせが減って正直最初は情報の渦の中にいないことによる“取り残され感”があったが、情報の渦から離れてみて、実はまだまだ自分自身で深く物事を考えてなかったことが問題だったことに気付いた。また、忙しい事が仕事ではないし、忙しいさで追われる中で仕事をすることに逃げではイカンということもわかった。

 3つ目は、社外のベルギー在住の人、ベルギー駐在員、欧州機関に勤めておられる人と交流が徐々に増えたり、日本人サッカーチームに入って体を動かし始めることができたりといったところは、非常に良かった。ベルギーに来て、心技体のバランスを徐々に戻してきている感じ(体の衰えには失望したが。。)。おそらく、以外に日本にいるときの方が、こんなに業種、職種もバラバラの人たちとお話しする機会が少ないかもしれないと思うと非常に大事に思う。

 またベルギー赴任が一年を経過した今、新しいチャレンジも始まることになり、古巣ドイツ含む、近隣国とのコラボレーションがどんどん多くなってくる。このダイバーシティーのド真ん中で、自分を失わず、日本人の強みを発揮しながら、もう一年黙々と目の前のミッションを遂行するのみ。また1年後、何か少し新しいこと見えるはず。

Tama

by tamarich | 2012-09-12 07:30 | 仕事
2011年 01月 01日

5年目振り返り

 とうとう5年が過ぎました!さて、毎年やっている年一の仕事の振り返りというテ-マが、どうも今回は少々難しい。今では「新しい経験をして成長を感じた」出来事を書いていたけれども、今はどちらかというと新しい経験をするというより「いろんな出来事が自分の血肉になっている」という感覚で、「やっぱりそうやんなぁ」の積み重ねをすることで経験や気づいたことがさらに確信に変わっているような感じ。一見真新しい発見が少ないことで停滞しているようだけれども、「知っている」ではなく「確信」をたくさん得ることが今後の仕事上の判断に大きく影響するものと思うので、今のような期間は必要だったのかもしれない。

 そして、長く同じ環境で同じことをすることでしか見えないことも見えてきたことも貴重。たとえば、会社が進化する過程を見れたことが大きかったように思う。もっと言うと会社ではなくて人の気持ちの変化で会社が大きく変わることができるのだと痛感した。会社って本当に人によるものですね。

 さて、今年。6年目だからといって5年目と大きく違うことをするつもりもなく、普通のことながら一つ一つの仕事、生活を丁寧に自分を律してやっていこうと思う。イチローが練習、試合前のアップ、試合中、いつも同じ環境、心持で臨んでいるあの姿が理想かな。ということで、今日からさっそく気合いを入れていこう!! 

Tama

by tamarich | 2011-01-01 17:27 | 仕事
2009年 11月 15日

4年目振返り

今回、11月1日でとうとう4年目が終わり、5年目に突入したので、そろそろ仕事についてここで振り返っておこう。

それにしても、まず5年目に突入した事実に驚く。5年目というと、そろそろ次の異動が起こってもおかしくない時期に入ることを意味しており、駐在当初は全く程遠いものと思っていたが、時間がたつのは早いものだ。

なんやかんやでここまで4年間海外で仕事はしたものの、今では全く日常になっており、最近自分の進歩を感じていなかった。しかし、今回ちょうどグローバルミーティングに出るために日本出張の機会を得て、つい先日4年ぶりに本社を訪れたが、4年前の自分からの成長を確かに感じることができた。この4年黙々と商売の本質を考え続けることで、知らないうちに自信(過信?笑)をつけていたのかもしれない。各国のいろんな話を聞いても、消化できる状態にあったし、グローバルミーティングで英語でプレゼンすることもなぜか普通にやれた。4年前にアルゼンチンのブエノスアイレスで各国ディーラー向けにやったプレゼンが、緊張、準備不足、ひどい英語のため大恥をかいた記憶がなつかしい。。そして、今回東京に帰ったとき、4年前まで「東京は疲れて忙しい人が多い」と思っていたが、それは単純に「自分が疲れていた、忙しかっただけ」だと気づいた。自分こそが地に足が付いていなかったわけだ。

去年の10月に上司も変わりこの1年は比較的自由にやらしてもらった。加えて、うちの会社も社長がドイツ人に代わるなど、会社自身も大きい変化の中にあり、いろんな環境の変化が、頭を掃除してくれた。過信かもしれないが、今までで一番商売の本質が見えている自信がある。今、自分もさることながらドイツのうちの会社も、IBMが90年代に行ったような改革の時を迎えており、今までで一番エキサイティングな時。不況と言いながら、ほとんどの社員がうちの会社のこれからのチャレンジに好感と希望をもって、結構結束が強いこの状態に「自分も何か貢献せねば」と思う。アメフト時代にこういう状態はあっても、社会人になってこういう思いは初めてかもしれない。

また、この4年目にはYunaが生まれたため、「仕事と家のバランス」を常に意識した仕事をしないといけない次のステージに入った。今になって、世のお父さんの難しさがわかったかな。人によると思うけれども、仕事一辺倒で仕事に没頭できる方が、僕には楽なところがあるかもしれない。ただ、人生で一番大事なのは家族であることをしっかりわかっておくことは、仕事へも良い影響を与えるもので、一歩引いた状態で仕事をするのも、実は本質を見るためには不可欠だということも分かったかな。

5年目は、昨年から言っている「ドイツにどっぷりつかる」こと、つまりは販売現場にさらに根を生やすことをもっとできるはず。この1年は最後の年というつもりで、販売現場にもっともっと根を生やし、吸収できる水分&ミネラルは吸収していこうと思う。

今回日本に帰ったときに、一枚のコブクロのベストをCDを買った。相方には「ちょっと暗い」と言われながらも、最近かれらの歌、特に「桜」「蒼く優しく」を聴きながら日本のことや昔の自分のことを思う。一方、なぜか東京に帰ったときアウェイを感じ、ハノーファー空港に到着するとホームを感じた。この4年は、思っている以上にいろんな意味で長かったようだ。
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 タイシ君ご夫妻、はんてんちょっきありがとう!

Tama

by tamarich | 2009-11-15 16:45 | 仕事
2008年 11月 10日

3年目振返り

 ということで、2005年10月31日にドイツに来てちょうど3年が経った。
「いやぁ~、早い。でも遅い。」そんな思いでいる。
そこで、あまりBlogに書かない仕事について、恒例の年1回の振り返りをしよう。

この1年はひょっとすると今までで一番スキルはアップしたという感触ながら、一方我武者羅度合いは低かったかもしれない。

どうも、昔は当たり前でない事も今は当たり前になっていたりして、取り組んでいること、周りの環境に慣れてしまっていた。昨年(↓)の振返りで言っているものの。。。

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ただ、成長ではなくてただの「慣れ」では話にならないので、3年目は自らケツをたたく歳にしたい。
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今回、またまた上司が変わることもあり、もう一度4年目は手綱を締めて自ら“自らのケツを叩く”ことが必要だと思う。また、自分からまだまだドイツのビジネス&文化にどっぷりつかるということもまだまだ必要。足を突っ込めば突っ込むほど、どんどん時間と労力はかかるが、得るものもどんどん増える。

そのためには、むしろ特別なことをするわけでもなく、一日一日を規則正しく生活しよう、身の回りをきれいにして、頭の中もクリアにして仕事に集中することを心がけよう。もともと、日本でいるときより刺激の少なく単調な生活ではあるものの、だからこそいろんな自分の微妙な日々の変化に気づく。仕事も一緒。”ケツを叩く”のは、その繰り返しをしぶとくやり続けることに対して。その先にドイツビジネス&文化への理解を深めることができる。

オヤジが正午に起きてきた僕に「俺はどれだけ寝るのが遅くても、リズムが乱れるから朝起きる時間は一緒やけどな。」とぼやいていたのを思い出す。

イチローではないけど、毎日自分のパターンで球場入りして、毎日同じ試合前練習をして、毎回同じしぐさでバッターボックスに入る。その繰り返しだからこそ、逆に細かい変化に気づく。そして、彼らトッププレーヤーがバットやグローブなど道具をピカピカに磨き、整備して、万全を期して試合に臨むのも、Bestの仕事をしようという気持ちが行動に現れている。

4年目の目標は、さらにドイツにどっぷりつかること。
「慣れ」は大敵。
自分で“ケツを叩いて”、一日一日自分を律する。

ちなみに、子供が12月にできるから、仕事も生活も、思い通りにならないと思うものの、逆に身の引き締まる出来事であり、次のステップを踏んでいるようでめちゃくちゃ楽しみ。

Tama

by tamarich | 2008-11-10 17:34 | 仕事
2007年 11月 08日

ドイツ3年目、30代突入!

 ドイツに赴任したのは2005年の11月1日のことなのでちょうど2年が経過した。
こういう節目くらいはということで、今回2年目を振り返ろうと思う。
1年目を振り返ったときの厳しい状態と比べて、気がつくとけっこう「あれ?」という感じで好転したことに気づく。

「1年目の振り返り」を今見かえすと、「駐在中の仕事がサクセスフルかどうかは現地マネージャー&スタッフと本当の信頼関係を築いてパートナーとしてやっていけるかどうかが大きい」と言っていたし、この点を非常に不安を感じていたけれども、そんな不安も12月ごろから全くなくなって、ある程度の信用を得てからローカル組織に入り込んで益々面白くなってきた。

自分はなにかと良く助けてもらうことが多い有難人間だけども、ここドイツでも同じで、特にローカルドイツスタッフは「あいつが言うなら」という感じでいろいろやってくれる。
ありがたし。。。
そして、日本も含めて日本人の先輩同僚からも自分の意見を求めてくれる状態になっており、いろいろとありがたい状態でようやく仕事ができている。

今までは、2年以上同じ仕事を続けることなく次の仕事がやってきたので、今回、初めて3年目に突入し、ようやく腰をすえてより深い仕事ができることになる。
今まで、異動、仕事変更が多いため、いつも新しく、いつもAwayなので、自然とがむしゃらにやっていた。
それに比べて、今は正直ちょくちょく余裕がでてきた。
いろんなことがある程度自分で処理できるレベルまで来たので、レベルは徐々に上がったんだと思う。
ただ、成長ではなくてただの「慣れ」では話にならないので、3年目は自らケツをたたく歳にしたい。

ちなみに、自分の役割は、いわば「何でも屋」で、会社の売上、利益を上げることにかかわることなら何でもやるのだが、販売、マーケティング、物流、それぞれに実働ローカル組織がすでにあるのでCorporatePlanningという仕事がら、文字通り計画作成、定量分析はもちろんのこと、経営指標を見たり、時に顧客に出向いたりしながら会社のかゆいところをみつけては、どこにスキマスイッチがあるかを考える。
基本的に現地人に動いてもらって自分がいなくても動くような組織を作ることが最終型なので、ドイツ人をいかに働きやすくするか、いかに見えない問題を見える化して気づいてもらうかというところ。(とはいえ、なかなか難しい。。。)

ドイツ人は品質要望や仕事を進めるプロセスなどかなり細かいところをつめる。
議論好きのため、ミーティングをもって、各人が納得して初めて組織だって動きだす。
この感覚は、日本とは少し違う点。
ドイツ人は現実的なので、仕事の進め方も理想を語ることも多くなく、現実的なことから入るので、細かい数値を見せると、見ておかしい点はないかとじっくり見る。
もし、その数値を見て誤差があると議論がとまる。
「違うねん、そんなところ90%あってればええねん」などと心では思ってしまう。
また、タカトシみたく「欧米」と一言でくくることはできなくて、アメリカ、イギリスなどのアングロサクソン系の1のことを2にして言って実は中身が薄いかも。。というようなことはあまり少ないかもしれない。
こんな環境で、とりあえず修行中。

ちょいとドイツ人の仕事感に話が脱線しまったが、未だにドイツ語が上手にならない。
オフィスで向かい合わせに座っている仲のいいドイツ人同僚とドイツ語でたまにしゃべるが、さすがに難しい。
ある程度ビジネスや会社の中身が一通りわかったので、この3年目は本当にドイツ語をしゃべれるようになって、よりレベルの高い話ができる、より細かい情報を入手できるようにすることが必要で、ディーラーの英語のできないおっちゃんたちとも話ができるようにしたいとおもう。

「相手に興味があるかどうか」がコミニケーションの始まりであり、言語習得はその表れ。
先のことを考えて、今必要なことをおろそかにすることはできない。

加えて、うちの社長ともあと1年でしゃべれるようになるということで話をしていて(口約束!)、そのことも踏まえて「もういい加減に」しゃべらないとまずいなと思っている。
ちなみに、今の上司はドイツ語ペラなので、ドイツ語ができないのは自分のみなのでドイツ語ミーティング中は以前よりキツイく。。
3年目にやらなければならないこと、ドイツ語かな。
これは駐在している人すべてそうなのではなく、自分の今の仕事ならではの課題。
3年目の振り返りでまた「ドイツ語ができない」ということのないように、ここで宣言してプレッシャーをかけよう。

「行動はうそつかない」

<三十代に突入>
30代といっても何も気分は変わらず、むしろ三十代に突入するということで、これを理由に気分を入れ替えようかなと思う。
20代はやらなければならないことがあったし、どれもこれも新しいことなので無我夢中だったし、それが面白かった。
30代は自分でやることを決める。
もうおっさんですから(笑)。
好きなことをやるのは良いが、自分の意図したところではなくて、自分と違う分野に手を出す、違う人種(国籍のことではなく)と接する、したくないことをすることに心がける。
できるだけハードルの高いほうに行くように心がける。
そして、30代はいろんな意味でまだまだ下積み期、幅広い分野で活動する。

加えて、上司がこの7月に変わった。
前の上司は関係会社の社長さんになったので、新しく30代の上司に変わった。
兄貴分の上司になり、いろんな面でのびのびやれるようになった一方、自分でケツを叩かなければならない。
真価がとわれる。
というか、この歳までなると人のやり方にどうこうコメントする人もいなくてこんなものなのかもしれない。
だから余計に、ケツをたたいて自身をモチベート、律するしかない。

仕事の上では、どこの組織にいても旗振り役になれればなと思う。
ただの旗振り役ではなくて組織を動かせる人間のこと。
ひしひしと思うのは、私利私欲で動く人間がリーダーをすると組織がつぶれる。
スタッフレベルの人が私利私欲で動くのは世の中の資本主義のルール上、あまり問題はないのだが、リーダーが同じ感覚で仕事をするとひどいことがおきる。
そんな会社が一杯あると思う。
リーダーには私利私欲で動く人間が多すぎる。
元首相が体調が悪いといって辞任したけども、一国の主が自分の体調を理由に辞任と言うのはまずないでしょう。(いろいろあったは思うものの)
経営のHowToは時間とともに勉強すればなんとかなる。
ただ、倫理観、人間観については教科書には載っていないし、ここが組織を動かすリーダーには必要なところ。

アメフトであれば「勝つ」という非常にクリアな目標があって、みんなが一致団結しやすいが、会社という組織は全く別物で、いろんな思いで各人が会社に所属しているし、年代も上は65歳から18歳くらいまでがいる。
挙句に、日本国内で外国人と仕事をする機会も増えるので、彼らへの理解も必要ときている。勝てばよいというものではなく、そこに倫理観が問われる。
ビジネスでうまくいっていないと無理をしてでも利益を出さないといけないので、どこぞの賞味期限を犯した会社のように無理して原価削減に走ってしまうし、利益を上げたとしても社員が身を削ってうつになるような組織も長続きしない。
このバランスのとり方はどこの教科書にものってなくて、リーダーの信念でしかない。
そのリーダーが私利私欲で動いていては、日本がうまくいかないのは当たり前。

「結果は後からついてくる」

これはアメフトをやっているときによく言っていた言葉だが、まさに読んで字のごとく。

まだまだ、ここドイツで修行が必要。
3年目、30代、益々真摯たれ。

Tama

by tamarich | 2007-11-08 08:36 | 仕事
2007年 10月 02日

Tama父の手紙

昨日のオカンとの電話に引き続き、本日オトンからの手紙が届いた。

****** 抜粋 ************
会社での仕事は益々面白くなって来ていますか?
下記一考して好きな様努力してください。

・自分の未来を託せる仕事であるか?会社であるか?
・"ある"とすれば目標はどうか?
・迷う処があるとすればそれは何か?

30歳の節目、静かに整理しておくと良いと思います。
**********************

いや~、どちらかというと、今の海外の仕事は今後何をするにせよ必要やなという感じでしょうか。未来を託すという感覚ではないかも。。。
目標、、、ん~、30代に突入するまでの宿題ですな。
迷う処、、、、いつ日本に帰れるんやろか(笑)。

オトン、言わんとする処分かってまっせ。

Tama

by tamarich | 2007-10-02 05:31 | 仕事
2006年 12月 11日

やや泣き

 こっちでは正月よりクリスマスが重要。
この金曜日に会社でクリスマスパーティーがあった。
今回は駐車場に馬鹿でかい特設テントを張って、食事テーブル、立食テーブル、ダンスエリア(DJ付)などなどに総勢200人から300人はいて、会社でこういう機会も少ないから、みんな食べる飲む踊るとワイワイやっていた。

その中で、今の自分が一番欲しかった、最高に誇りに思える、一生の財産になる言葉をドイツ人トップから頂いた。

"Hi Tama, German colleages accept you, your open-mind,your behavior.If not acceped , nobody can follow you.You are different.Normal Japanese colleages don't talk with German people so much and don't smile so much. Mr.XX said that,and Mr.XXX and Ms.XXX also.Managers accept you ,and help you ,support you.Please continue your behavior. OK?"

これ以上うれしいことはない。
こんな言葉をもらえると全く想像もしてなかったし、それ以前に自分が大切にしているbehaviorが理解されていることすら思っていなかった。
そして、マネージャーたちがみんながそう思ってくれていること、それを自分が尊敬するドイツ人トップからもらえるとは思いもよらなかった。

彼の前でやや泣きしてしまって、言葉も出ず、話は3分くらいで終わってしまった。

10月に仕事を振り返ったときにドイツマネージャーとのやり取りに手ごたえを感じていたことが、確信になった。

自分が大事にしていたものが受け入れられた。
何も言っていないのに、理解されていた。
間違っていなかった。
散々苦しんでいたもやもやが見事に一気に晴れた。

このトップは自分が尊敬する人(50代)。
普段は笑うと子供のような笑顔を作って、誰とでも良くコミニケーションをはかって、人への気遣いがすごい。自分は知っていたけど、みんなが気にしてしまうからとお父さんが亡くなっても普通に何も言わず、仕事を笑いながらやっていた。
仕事の件でしゃべっているときに目を見ると彼の青い目の奥に何かがあるような吸い込まれる感じがする。彼が右向けといえば、みんな右向く。かといって、独裁では全くない。1000人超える会社の現地ボスだから、そりゃそうか。この人のリーダーシップはすごいし、人としてすばらしすぎる。ちなみに、昔はかなりモテたと思う(今もモテると思う)。

そんな彼にこんな言葉をかけてもらって、感謝の気持ちで一杯。
後は本当にビジネスに集中してガンガン彼らに役に立つことをやっていかねばと決心する。

さらに、ドイツ人スタッフからドイツ人はあまり会社関係は呼ばない誕生日会に招待してもらった。これもうれしすぎた。

その後、一番仲良くしてもらっているセールスのジェネラルマネージャーから「今からみんなでクラブ行くからTamaもいくぞ!」と、1時にパーティーを出て、3時半ごろまでみんなでワイワイやった。これもうれしすぎた。みんなありがとう!

人間、幸せと不幸せのバランスが取れていて、家に4時に帰ったら、連絡なく朝まで飲んでいたことにあいが大激怒。
これについては、自分が100%悪い。
すみませんでした。

そして、1時間だけ寝て、朝6時にドレスデン1泊旅行のために頭ガンガンのまま家を6時に出た。

そんなアイの大激怒も、この日の出来事でかき消された。
味方はたくさん、必ずやっていける。
アゲンストの風が、一転フォローに変わった。
早く帆を揚げねば。
自分がやるだけ。

Tama

by tamarich | 2006-12-11 06:29 | 仕事
2006年 10月 16日

ドイツ1年目の振り返り

昨年の10月31日にハノーファーに来てそろそろ1年になる。
正直、もう一年たったかと感じる反面、日本での1年より長かった。
これは日本でいるときのアクセク感がない生活をしていたから。
TVもあまり見ない、エンターテイメントは少ない、友達と飲みに行くことも少ない。
充実してなかったのではなくて、いろいろ楽しい事もあったし、もっぱら仕事については今までにない経験と刺激を受けてある程度進化したんちゃうかと思う。

自分の場合、単純にドイツでいい生活をしたかどうかは仕事で満足できたかどうかが大きく影響する。仕事で不安をかかえながらドイツ生活を楽しんだり、ヨーロッパ旅行をしても心底楽しいと思えない。特に、自分はその性分があるし、うまくいってるかどうかは自分で分かる。

今回は仕事をメインに振り返ってみる。

来たばかりの11月は「できなくて/知らなくて当たり前」だった。
いろいろ勉強させて頂いた。
全部が新しいことで毎日仕事は楽しかった。
ところが日本人プレミアムがなくなった半年後、もっぱら積極的に関わると、高いレベルのやりとりについていく難しさやら、人間関係のストレスやら単純な言語面でのフラストレーションが多くて、ストレスピークで白髪が増えた。そんな時期もあったけど、ようやくこの9月ごろにまだまだなものの、ある程度の手ごたえを得た感がある。

今、少しほっとしてる。

 振り返ると「なんやかんやで結構いろいろやったな」という実感を自分自身で感じたことと、もっぱらドイツ人マネージャーに徐々に認められ始めているという手ごたえを得たことが大きい。
最初に上司に高いレベル(駐在員は高いコストかかってる。スタッフじゃない。マネージメンバー。駐在員は日本人がいなくなっても会社が動く仕組みを作るもの。年とか役職とか関係ない。)を求められて、かたや、現地マネージャー&スタッフと早々に対等にやっていかないといけないサンドイッチ状態になった。
加えて、自分の置かれている立場上、各方面からいろんな情報を得るために、部門を超えていろんなところに首を突っ込んだ。今思うと、良きも悪しきもかなり背伸びをしていた。
そのために、現地マネージャーとのコミニケーションにいささかフラストレーションがたまっていた。
早まったところがあった。

駐在中の仕事がサクセスフルかどうかは現地マネージャー&スタッフと本当の信頼関係を築いてパートナーとしてやっていけるかどうかが大きいと思う。
日本人だから普通の現地スタッフよりも特別扱いではあるけど、そんな簡単ではなかった。
自分が認められてないと、質問に対して浅い回答をされるし、情報交換の域になってしまう。
逆に、こっちが理屈が正しくても「彼らは分かってへんな~」と言って済ましてられない。
当事者だから、いろんな人間に実際に動いてもらうことが必要なのに、こうなって悪循環になると、仕事が膨らまなくて終わってしまう。
こうなったら駐在員としては一番恐ろしい。

加えて、やっぱりドイツ語の壁というのは大きかった。
深く入れば入るほどそう思う。
ドイツ語のミーティングは今でもきつい。

やっぱり、もちろんドイツではドイツ人が活躍する。
優秀なドイツ人人材も一杯いる。
そして、ドイツ人マネージャーのキャリアは十分僕より相当長くて僕が問題視したことはある程度、問題視して一度検討されている。だから高いレベルで理解しないときつい。
それに、ドイツ人は特に納得するまで動かない。

いっそのこと誰かがやらないと成り立たないポストに就けば、この種のキツさはなかったと思う。その人特定の仕事があるだけでも十分存在価値があるから。

立場上、大事なのは、詳細情報を得ること。
そのために現地人に信頼されること。
語学が堪能であるにこしたことはないけど、語学はある程度までで、そこは大きいポイントではなかった。
簡単にいうと彼らが好きか嫌いか。
物事に誠意を持って接していて一生懸命かどうか。
必要なのは、ビジネスの理解は大前提で、小手先でなくてそれに根本的な倫理観をしっかりもつことかと思った。

約束を守る。
敬意を持って接する。
感謝する。
こっちの気持ちがぶれないこと。
邪念で行動しない。
文化に従う。
かっこつけない。
理論武装しない。
うそをつかない。  etc.

現地スタッフはめちゃくちゃ駐在員が何を考えて、何をしていて、どういう対応をするか見てる。

会話は英語で難しいし、言っている中身はまだまだだと思うけど、ねばっこさである程度真剣みは伝わったと思う。入社1年目で飛込み営業をしていたときの「セールスお断り」にあえてドアたたいて入っていった感覚だった。

最近、ようやく部門間の間隙に僕が取り組める問題が多いことが分かった。
ドイツでよく聞く「だれだれの仕事なので私は知りません」。
これはドイツ人の専門職思考の代表言葉。
この弊害で部門間/人間間/仕事間で隙が一杯ある。
そして、労働時間はきっちり守るのが一番高い優先度なんで、8割2割の法則(*1)で時間のかかることを率先してしない。
ここが日本人がはいって取り組むところ。

*1)10時間かかる仕事があったら8割の仕事は2時間で仕上がってあとの2割が8時間かかる道理

これから2年目、ドイツ語をやらないかん。
英語でコミニケーション可能な本社の粋を脱しないと広がらない。
もっとどっぷりドイツ人スタッフの中に入って、3,4年目にはディーラー/顧客ともドイツ語で話せるレベルまで行きたい。
これができたら◎なんやけど、ハードルはだいぶ高い。

どうでもええけど、ヘルメットかぶってた6年前にはドイツに来てこんなこと考えるとは思わんかったわ。

任期終了前にはある程度刀をネクタイに替えたモダンな侍になっときたい。
ドイツ人に日本の20代がどんなか分からせる。
親父、サラリーマンがんばってまっせ。

Tama

by tamarich | 2006-10-16 02:39 | 仕事