あいたまベルギー日記

tamarich.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2006年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧


2006年 10月 29日

フラワーアレンジメント

f0022676_1948986.jpg













f0022676_2064945.jpg













初めてフラワーアレンジメントをしてみました
淡いピンクのバラとカスミソウ、そして赤い花○○○メリア…?(名前ド忘れ。。)
この赤い花、今はまだつぼみですが咲くとまた違った印象になるかと思います
どちらかというと緑の観葉植物の方が好きなんですが、
こうして食卓に飾ったりすると、いつもの食事もより美味しく感じるし、
部屋が華やかになります。
やっぱお花もいいですね♪

あい

by tamarich | 2006-10-29 20:02 | あい日記
2006年 10月 23日

ベルリン 21-22.Oct.06

ベルリンはハノーファーから280キロ、車で約3時間かかる。
ちなみに、渋滞に巻き込まれて5時間かかった。。。

今回、土曜日の朝6時起き、7時出発なんで、日本から持ってきたMisiaのCD(Nao氏がやたらと絶賛するので学生のときに買っただいぶ古いやつ。)をかけて歌いながら運転して眠気と戦った。

ベルリンはやっぱり首都で都会だった。
人が多い。
いいレストランやらショッピング街もあって、歴史も深い。
東京と違ってベルリンは都会ながら東京の1.5倍の広さでゆったり悠々としていてGood。

ハノーファーがドイツだと思っちゃいかんと重々分かった(笑)。

ちなみに、ヒトラー政権のときにベルリン改造計画があって、担当したのはヒトラーが信頼を寄せる建築家&軍需大臣アルベルト・シュペーア氏。ヒトラーが最後にベルリンの破壊を命じたけども最後に命令に背いた。それでベルリンは助かった。

ここの雰囲気は、写真では伝わらないので一回来てもらったほうがいい。
特に夜は雰囲気がある。

f0022676_221237.jpg

ベルリンのシンボル。昼のブランデンブルク門。









f0022676_231498.jpg



カイザービルヘルム記念教会。戦争の悲惨さを伝えるモニュメントとして空襲で破壊されたままの状態で保存されている。ボッコボコになってしまっていた。












f0022676_235088.jpg


広場の雰囲気。ハノーファーと違って人が多いこと多いこと。








f0022676_244395.jpg

ブランデンブルク門 夜の部。ベルリンは夜はまた違う景観になる。





f0022676_253937.jpg
















f0022676_262639.jpg

ポツダム広場に置いてあるベルリンの壁の一部。すでにほとんどの壁が道路の舗装とかにリサイクルされたり、いろんな人が粉砕した壁を記念に持っていってしまったりてしまったけど、一部こんな感じで展示に使われている。







f0022676_27827.jpg


壁には芸術家によって絵が書かれたり、落書きされたり、ガムが引っ付けられたりさまざま。

















f0022676_291776.jpg

チェックポイント・チャーリー(チャーリーって何??)。ここはUS兵が検問していたところで、当時はこのあたりで壁を越えるために、ビルの4階から飛び降りたり、車のボンネットの中に隠れたり、かばんの中に入ったり、地下に穴を掘ったりして西へ逃亡した。非常にシリアスなところだが、今となってはもっぱら観光地。

f0022676_2101845.jpg

ジーゲスゾイレという戦争記念塔。
*戦争:対デンマーク(1864年)、対オーストリア(1866年)、対フランス(1870年)

ブランデンブルク門から一本のまっすぐの道にあってロケーションがいい。
車窓からの写真で今回一番お気に入りの一枚。

Tama

by tamarich | 2006-10-23 02:51 | 旅行
2006年 10月 21日

アメフトW杯 2007

有馬のBlogでアメフトW杯2007が紹介されてました。
ようやくUSAを引きずり出せたみたいです。
ほんま、勝って欲しい。
有馬氏も、がんばってねん。

ちなみにドイツはすでに日本での本戦出場決定です。

日本に帰って試合を是非みたい。。。
ほんまにこのタイミングにあわせて一時帰国計画してみようかなぁ。。(笑)

Tama

by tamarich | 2006-10-21 09:48 | アメフト
2006年 10月 18日

Volkshochschule

え~と、気づいたら日本は首相が安部さんに変わってましたね…

こちらはすっかりしっかり秋で、気温は平均10度前後、時々10度以下
すでにマフラーとジャケットが手放せなくなりました。
朝も7時に起きてもまだ薄暗く、うっかり寝坊しそうに。。
今からこんなんで冬が越せるのかどうか…

今週から2週間こちらの学校は秋休み。
長い休みは夏は暑いから、冬は寒いからだと思うけど、なんで秋??

9月から週2回、家から電車に乗って15分のところにあるドイツ語スクールに
通っています。
クラスメイトは全部で、9人、いや11人だったかな、いやほんとは18人いる
はずって…聞いているけど毎回いるメンバーはたいてい、スリランカから2人、
ベトナムから1人、ポーランドから6人、そして日本から2人の11人。
仕事がみつかると学校に来なくなるケースが多いのだそう。
それに子持ちの女性も多く、子供が熱を出したり幼稚園の事情で来れなかったりと
理由はいろいろ。
担任はMRS.バーバラ クラウス先生。
たぶん、60歳に近いんじゃないかと思うのだけど
毎朝自転車で颯爽と通勤し、姿勢が綺麗ですらっとしていて
ほんとかっこいいおばあちゃん。太極拳もやっているのだとか。
先週電車の中からふと外をみたら、先生が自転車で追い越してって…速っ!
先生の授業は丁寧でわかりやすい、文法読み書き中心だけど一人一人当てて
答えさせ、発音も訂正してくれる。
私はつい英語発音になってしまって、いつも注意されてしまう。。。
う~ん、語学習得の道のりは長いですなあ。

しかし学校ってこんなに楽しかったっけ?と思うくらい楽しい♪
まっ、まだ初級コースで英語でいう関係代名詞とか過去完了とか間接話法とかとか
むずかしいところをやってないからだと思うけど。
やっぱ他の国の人と勉強するのって面白い
先生の話を全然聞かないで、他の生徒が当てられているのに自分が答えちゃう人、
面白いことを言おうとする人。。(ちなみにそれ全部ポーランド人)
まっ、リラックスして勉強できるしいいんだけどね。
でもヨーロッパ圏の人ってみんなふつーにドイツ語話すんだよねえ、
なんで同じクラスにいるの?!って思うんだけど聞くと文法ができないかららしい。
アジア組みはその逆でとてもおとなしいです。

この休みにしっかり復習して11月からの授業に臨みたいと思います。

そうそう今週土日はベルリンへ行ってきます!
「ヒトラー最後の12日間」を見たら行ってみたくなったので。

あい。

by tamarich | 2006-10-18 20:53 | あい日記
2006年 10月 16日

ドイツ1年目の振り返り

昨年の10月31日にハノーファーに来てそろそろ1年になる。
正直、もう一年たったかと感じる反面、日本での1年より長かった。
これは日本でいるときのアクセク感がない生活をしていたから。
TVもあまり見ない、エンターテイメントは少ない、友達と飲みに行くことも少ない。
充実してなかったのではなくて、いろいろ楽しい事もあったし、もっぱら仕事については今までにない経験と刺激を受けてある程度進化したんちゃうかと思う。

自分の場合、単純にドイツでいい生活をしたかどうかは仕事で満足できたかどうかが大きく影響する。仕事で不安をかかえながらドイツ生活を楽しんだり、ヨーロッパ旅行をしても心底楽しいと思えない。特に、自分はその性分があるし、うまくいってるかどうかは自分で分かる。

今回は仕事をメインに振り返ってみる。

来たばかりの11月は「できなくて/知らなくて当たり前」だった。
いろいろ勉強させて頂いた。
全部が新しいことで毎日仕事は楽しかった。
ところが日本人プレミアムがなくなった半年後、もっぱら積極的に関わると、高いレベルのやりとりについていく難しさやら、人間関係のストレスやら単純な言語面でのフラストレーションが多くて、ストレスピークで白髪が増えた。そんな時期もあったけど、ようやくこの9月ごろにまだまだなものの、ある程度の手ごたえを得た感がある。

今、少しほっとしてる。

 振り返ると「なんやかんやで結構いろいろやったな」という実感を自分自身で感じたことと、もっぱらドイツ人マネージャーに徐々に認められ始めているという手ごたえを得たことが大きい。
最初に上司に高いレベル(駐在員は高いコストかかってる。スタッフじゃない。マネージメンバー。駐在員は日本人がいなくなっても会社が動く仕組みを作るもの。年とか役職とか関係ない。)を求められて、かたや、現地マネージャー&スタッフと早々に対等にやっていかないといけないサンドイッチ状態になった。
加えて、自分の置かれている立場上、各方面からいろんな情報を得るために、部門を超えていろんなところに首を突っ込んだ。今思うと、良きも悪しきもかなり背伸びをしていた。
そのために、現地マネージャーとのコミニケーションにいささかフラストレーションがたまっていた。
早まったところがあった。

駐在中の仕事がサクセスフルかどうかは現地マネージャー&スタッフと本当の信頼関係を築いてパートナーとしてやっていけるかどうかが大きいと思う。
日本人だから普通の現地スタッフよりも特別扱いではあるけど、そんな簡単ではなかった。
自分が認められてないと、質問に対して浅い回答をされるし、情報交換の域になってしまう。
逆に、こっちが理屈が正しくても「彼らは分かってへんな~」と言って済ましてられない。
当事者だから、いろんな人間に実際に動いてもらうことが必要なのに、こうなって悪循環になると、仕事が膨らまなくて終わってしまう。
こうなったら駐在員としては一番恐ろしい。

加えて、やっぱりドイツ語の壁というのは大きかった。
深く入れば入るほどそう思う。
ドイツ語のミーティングは今でもきつい。

やっぱり、もちろんドイツではドイツ人が活躍する。
優秀なドイツ人人材も一杯いる。
そして、ドイツ人マネージャーのキャリアは十分僕より相当長くて僕が問題視したことはある程度、問題視して一度検討されている。だから高いレベルで理解しないときつい。
それに、ドイツ人は特に納得するまで動かない。

いっそのこと誰かがやらないと成り立たないポストに就けば、この種のキツさはなかったと思う。その人特定の仕事があるだけでも十分存在価値があるから。

立場上、大事なのは、詳細情報を得ること。
そのために現地人に信頼されること。
語学が堪能であるにこしたことはないけど、語学はある程度までで、そこは大きいポイントではなかった。
簡単にいうと彼らが好きか嫌いか。
物事に誠意を持って接していて一生懸命かどうか。
必要なのは、ビジネスの理解は大前提で、小手先でなくてそれに根本的な倫理観をしっかりもつことかと思った。

約束を守る。
敬意を持って接する。
感謝する。
こっちの気持ちがぶれないこと。
邪念で行動しない。
文化に従う。
かっこつけない。
理論武装しない。
うそをつかない。  etc.

現地スタッフはめちゃくちゃ駐在員が何を考えて、何をしていて、どういう対応をするか見てる。

会話は英語で難しいし、言っている中身はまだまだだと思うけど、ねばっこさである程度真剣みは伝わったと思う。入社1年目で飛込み営業をしていたときの「セールスお断り」にあえてドアたたいて入っていった感覚だった。

最近、ようやく部門間の間隙に僕が取り組める問題が多いことが分かった。
ドイツでよく聞く「だれだれの仕事なので私は知りません」。
これはドイツ人の専門職思考の代表言葉。
この弊害で部門間/人間間/仕事間で隙が一杯ある。
そして、労働時間はきっちり守るのが一番高い優先度なんで、8割2割の法則(*1)で時間のかかることを率先してしない。
ここが日本人がはいって取り組むところ。

*1)10時間かかる仕事があったら8割の仕事は2時間で仕上がってあとの2割が8時間かかる道理

これから2年目、ドイツ語をやらないかん。
英語でコミニケーション可能な本社の粋を脱しないと広がらない。
もっとどっぷりドイツ人スタッフの中に入って、3,4年目にはディーラー/顧客ともドイツ語で話せるレベルまで行きたい。
これができたら◎なんやけど、ハードルはだいぶ高い。

どうでもええけど、ヘルメットかぶってた6年前にはドイツに来てこんなこと考えるとは思わんかったわ。

任期終了前にはある程度刀をネクタイに替えたモダンな侍になっときたい。
ドイツ人に日本の20代がどんなか分からせる。
親父、サラリーマンがんばってまっせ。

Tama

by tamarich | 2006-10-16 02:39 | 仕事
2006年 10月 08日

ヒトラー ~最期の12日間~

今週は、先輩からDVDを借りて「ヒトラー~最期の12日間~」(150分)を見た。
この映画は、ドイツではタブーとされるヒトラー映画をあえてドイツ人監督・役者・スタッフらで作り上げた作品。着色せずできるだけ史実に忠実に作り上げられていて、発するキーワードも文献や証言などを使っている。(証言の多くはヒトラー最期のときまでヒトラー秘書をしていた女性のもの)。
 こっちでは、ヒトラーのやったことはあまりに理解しがたいので、ヒトラーをモンスター扱いにされることが多い。でも、この映画はヒトラーを1人間扱いして描いていることで、惨劇は1人間のやったことだという恐ろしさを感じさせる。

 ヒトラーの最期の次期はヒトラーがおかしいことを言っていることや、実態はソ連軍がそこまで来てて逆転の可能性はないことを分かっていても、忠臣はまだ戦う。最後にヒトラーが愛人と自殺したあとも、まだ忠臣は「総統に誓ったことを裏切れない」といってまだ戦うし、それに洗脳されきった一般市民・子供も盲目的に従う。宗教だったんだと思う。
特に、ナチスのプロパガンダ戦略の中心的役割(反ナチ、ユダヤ擁護書籍の廃棄とか徹底的な言論操作)のゲッペルスとゲッペルス夫人はあまりに怖いほど。僕の中ではゲッペルス夫妻が一番怖い。ほんと、そういう人が普通にいそうで怖い。一番弱い人だったんだろうと思う。

秘書の女性は最近まで生きていたけど、何も考えずにその当時はある種スターだったヒトラーの近くで仕事をすることに興味本位で志願したらしく、その自分の若いときの無知を一生反省していたらしい。でも、世間も多くはヒトラーについていったし、やっぱりヒトラーには理屈でなく人をひきつけるパワーがあったんだと思う。ドイツの人はあまり認めたくないとおもうけど。

日本はどうなんか、今後勉強せなあかんな。

 ちなみに、ヒトラー役のブルーノガンツはヒトラーが乗り移ったようで、ヒトラーに極似。と言うより、ヒトラーそのもの。側近たちに裏切られ、指示が通らなくなって、将軍たちを怒涛のような勢いで思いっきり罵倒するシーンなんかは、まさにヒトラーそのもの。彼自身も生理的にヒトラー役をすることためらったし、世間に変な風な捉えられ方をすると自分と家族の命が危ないから躊躇したらしいけど、役者魂で最期に難題に挑むと決めたらしい。
あまりにカッコイイ。

「戦争はやっちゃいかん」という前に、「何でドイツがああなったんか」がある程度わかる映画で、勉強になった。

Tama

by tamarich | 2006-10-08 21:13 | ドイツ情報
2006年 10月 02日

ブリュッセル1泊2日

 あいがむしょうに行きたがっていたので、早速、土日1泊2日でベルギーのブリュッセルへ向かった。ここは、ハノーファーから510キロ、車で5、6時間かかる。

今回、土曜日の朝4時起き、5時出発なんで、日本から持ってきたサザンやらのCDをかけて歌いながら運転して眠気と戦った。

このベルギーは、地理的にもフランス、オランダ、ドイツ、ルクセンブルクと接していて、歴史的にも各国の統治から独立した事もあって、フランス語、ドイツ語、オランダ語が公用語になっている。観光地などはこれに英語が加わってしまって、同じ内容を4通りの言語で書いていたり、これは大変な国やなと思った。

そして、現在ではEUの本部とかNATOとかの機関はここにあって、ヨーロッパの中でも国際都市。実際に歩いていても、ゲルマンなハノーファーとは明らかに違って、いろんな人種の人がいた。

早速、「ベルギーといえばワッフル」という食いしん坊発想で、ワッフルの老舗DANDOY(ダンドワ)に行ってきた。これがごっついうまかった。あんまり甘いものは食べないけど、これは2個目を食べれた。どうやらワッフルにも種類があって、ブリュッセルワッフル(ふわっと柔らか軽い歯ごたえ)とリエージュワッフル(ザラメのような砂糖が入っていて少し固め。)がある。

f0022676_3164925.jpg


ブリュッセルワッフルのチョコレート味(奥)とプレーン&生クリーム味(手前)。







そして、次に「ベルギーといえばチョコ」というブルジョア発想で、チョコ専門店に足を運んだ。GODIVAを筆頭にいろいろ店があった。ちなみに、ガレー(Galler)という店はベルギー王室御用達らしい。うまいんで、また見かけたら買って見て欲しい。

f0022676_328629.jpg













そして、今回は夕食にバケツほどの大きさの器一杯のムール貝を2人で分けて食べた。トマトベースのスープに浸ったムール貝は格別これもむちゃうまかった。ちなみに、海外の人はこれを、飽きずに一人で平らげるからすごい。

f0022676_34598.jpg













「ベルギーといえば小便小僧の元祖」というDAKARA的発想で、ちょっと寄ってみた。結構、ヨーロッパの人もぱちぱち写真をとっていたので、ヨーロッパ内でも有名なんだと思う。

f0022676_423397.jpg

名前はジュリアン君。























総じて、ホテルとかレストランとかお店のセンスとかは良くて、繊細さが感じられた。
町並みも石畳とゴシック調の建物がびっしり詰まっていてキレイ。
食事については申し分なくうまい。
日本レストランもあって、うらやまし。

あーベルギー、ええとこめっけた。

f0022676_425862.jpg



街の中心「グラン・プラス」







Tama

by tamarich | 2006-10-02 04:25 | 旅行